【VODはキャズムを越えたか】その9)Netflixそのものより、「Netflix効果」が多方面に出てくる。
VODを題材に長らくここで書いてきましたが、年度の変わり目だし今回で一端終了としたいと思います。でも今年はVODが何度も話題に上がりそうなので、それに合わせて何度も書こうとも思っていますが。
VODをここで取り上げたのは、もちろんエム・データにとって非常に重要な分野だからです。VODが活性化するほど、TVメタのニーズや価値も高まってくるでしょう。だからこのVODに関する議論の盛り上がりは、メタラボというTVメタを軸にしたブログサイトにとっても良いことなわけです。
そして今年VODが活性化するのも、Netflixが秋に上陸するからですね。実際、Netflixがどうなるかの議論はあちこちで展開されています。それらを読むだけで、メディア論に興味のある人には楽しめます。
ただ、Netflixに関する議論を見ていて面白いのは、議論する人たちはそうではないのに、議論に関してコメントする人たちが「Netflixが地上波テレビを駆逐するかどうか」ばかり言及するのですね。これは議論の煽り方がどうしてもそうなるからですが、”Netflix vs 民放キー局”の構図はあまり意味がないと思います。ポイントはそういうとらえ方ではなく、Netflixが潜在的に持つ影響力の多面性にあるのではないでしょうか。例えばhuluがやって来た時には起こらなかった議論が巻き起こっている、そこにこそポイントがあるのだと思います。
まずNetflixがテレビを強く意識したVODサービスである点。テレビ受像機におけるUIの考え方が、この数年で大きく進化しています。テレビで視聴できるVODサービスはアクトビラやCATVのサービスなど前々からありました。でも使いづらかった。ほんとうに。そもそも「操作しやすくしよう」という発想がなかった。あるいは技術的なハードルがあった。いまようやくそれぞれ使いやすくなってるようですね。だからNetflix上陸でアクトビラやCATVのサービスも相乗効果的に伸びるのではないでしょうか。
それからNetflixによってVOD事業者のオリジナルコンテンツ配信も注目されるでしょう。例えばWOWOWは錦織選手のテニス中継とともに、「MOZU」によっても契約者を伸ばしたと聞いています。「ここでしか見られません」というのは、映像サービスにとって最大の武器になります。Netflixが「ハウス・オブ・カーズ」で成功したことはみなさん承知の通り。日本でももちろん同様のオリジナル番組を製作するでしょう。一方、実はdビデオはテレビ局並みの予算をかけてドラマを次々に製作してきました。でもそのことがあまり取りざたされてきませんでしたね。Netflix上陸によってdビデオをはじめ既存事業者もますますコンテンツ製作に力を入れるでしょうし、その情報が活発に飛び交いそうです。これも大きな影響になっていくと思います。
もうひとつが、Netflixのレコメン技術の高さ。ここでも何度か書いてきたように、VOD利用者の最大の悩みは「自分が何を見たらいいかわからない」点です。そして既存事業者はこの努力が弱かった。新規獲得にばかりエネルギーを使ってきたので、レコメンエンジンの開発はあまり手が付いていませんでした。Netflix上陸を受けて、各事業者ともここに力を入れはじめるでしょう。良いレコメンシステムができれば、退会率が減り、結果的にサービスとして伸びていくはずです。
つまりNetflix上陸が刺激になってVOD事業者全体が再度サービスに力を入れるようになり、全体として大きな存在になる。私はそう予想しています。そしてそれが既存の地上波テレビにとってどうかはさほど意味がありません。強いて言えば、むしろ衛星放送やレンタルビデオの事業者のほうが直接的に競合すると思います。
それより大事なのは、生活者にとっては映像作品の観賞がどんどん楽しく便利になっていくことです。さらに、映像制作者にとってはテレビ局並みに制作費を出してくれる事業者が増えるのはとても良いことでしょう。
みなさんも今年は期待してみましょう。VODが活性化し、サービスが使いやすく面白いコンテンツが続々出てくるなら、映画好きドラマ好きには眠れない日々がやって来るのかもしれませんよ!
著者:境 治 (さかい・おさむ)
コピーライター/メディアコンサルタント
株式会社エム・データ顧問研究員
東京大学文学部卒。コピーライターとしてフリーランスで活動した後、
ロボット、ビデオプロモーションを経て、13年7月から再びフリーランス。
ブログ「クリエイティブビジネス論」はハフィントンポストなどに転載されている。