【Talent Rank】君はあいみょんを聴かない?
スティーブ・ジョブズが日本で最後のキーノートスピーチをしたのはいつだったか、
あなたはご存知だろうか?
カリフォルニアのアップル本社かその近郊で今やプレゼンテーションのお手本とも言えるあの新製品発表会を行なっているイメージが強いスティーブだが、実は過去に何度か日本でもキーノートスピーチを行なったことがある。特に彼の最後の東京でのキーノートは、私にとっても思い出深い出来事だ。
スティーブが日本で最後のキーノートスピーチをしたのは「iTunes Music Store Japan」オープンの時である。今や当たり前となった音楽のネットからのダウンロードというビジネスプラットフォームを、米国以外で初めて展開する国として選ばれたのが、日本だった。
当時アップルはそれほど日本のマーケットを重視しており、私はマーケティングコミュニケーションの責任者としてその日のOne more thing、そうプレゼンテーションの最後のアジェンダであったシークレットアーチストの圧巻のライブパフォーマンスを会場の隅から静かに見守っていた。
結果は大成功だった。
アップルは当時ギネスにも認定されたデジタルミュージックダウンロードの世界記録を樹立し、その日から日本で暮らす人々の音楽体験は劇的に変わることになった。それまで慣れ親しんでいたヒットチャートや音楽賞、音楽CDといった文化が、ユーザー主体のプレイリストやライブラリーに取って代わることになったのだ。今や音楽はCDパッケージの出荷量という企業側からのハードウエア物流ビジネスではなく、ユーザーひとりひとりがその日のその瞬間に何を聴いているのか、何が聴きたいのかをベースとしたデジタルネットワークインフラへと大きく姿を変えた。
それは、この世界を個人の自由により忠実なものにしようとした私たちの革命の姿だった。あの日、スティーブのスピーチがすべて終わり、総立ちの観客席を相手に繰り広げられるライブパフォーマンスのリズムとサウンドを全身に浴びながら、私は未来の扉をまた一つ開け放った余韻に浸っていた。
そうやって始まったiTunesを今年賑わせたアーチストの一人が、あいみょんだろう。
彼女の曲は今年、ヒット曲のチャートやプレイリストに必ずといっていいほど複数曲登場していた。リスナー主導のデジタルミュージックの世界でこれほど支持があるということは、あいみょんの曲が今この瞬間にみんなが聞きたい音になっているという何よりの証だ。
誰かがいいと思った体験が蓄積されてそれがまた他者の体験を促していく、そうやって流行が拡散していくのがデジタルの世界である。あいみょんはまさに、今年を代表する音を奏でるアーチストなのだ。
Talent Rankを使って、あいみょんの軌跡を見てみよう。
図1は2017年7-9月期から2018年10-12月期(データは11月まで)までのあいみょんの四半期別Twitterデモグラチャートだ。各四半期ごとにあいみょんをツイートした人々の性別年齢別中心がどこにあるのかを表したチャートである。あいみょんをネットで話題にしているのは誰だ、を可視化したものだ。
前回(【Talent Rank】中島裕翔がSUITSを着たら)もご紹介したが、図1で表しているのはあくまで性年齢の中心で、実際のツイート量はここを中心にグラフの範囲を超えて大きく広がっているわけだ。ちなみに、個々の円の大きさはツイートの量に比例している。
さて、この図1を見てわかるのは、2017年と2018年の1-3月期までは30代前半の女性にあいみょんのバズ(Twitterデモグラ)の中心があったが、2018年4-6月期には一気にそれが25才あたりにまで下がり、そこから再び年齢層が上がるとともに男性比率が高まっていく動きである。その動きに合わせてバズの量もどんどん増えている。これは何を意味しているのだろう。
図2のあいみょんのトレンドチャートをご覧いただこう。
図2の一番下にあるそのタレントのブレークの予兆を示す赤の折れ線、ブレークレシオが、2017年9月11日週にタレントのブレーク予兆のシグナルとなる赤の横線、ブレークライン1.0の線を突き抜けているのがおわかりだろうか。これがあいみょんのネクストブレーカーシグナル、ファーストインパクトだ。2017年9月11日週に、あいみょんがメジャーブレークする予兆が現れたのである。
さてさて、このブレークシグナルの話をすると、いや俺はもっと前から知ってたよとか、彼女はもっと前から売れていてとか、遅いよ〜といったご意見も必ず出てくるのだが、ここで言うブレークとは日本のお茶の間の老若男女誰もが知る超人気者になっている状態というヒットの最終形態に向けての成長ロケットの第一弾に火がつきました〜、というタレントライフサイクル上での一つのマイルストーンのお話なので、いや俺の方が早い、のような先駆者一番乗りの話ではないので何卒ご理解いただければと思う。
ここでいうネクストブレーカーシグナル、ファーストインパクトとは、メジャーブレークにつながる上昇トレンドの初端が記録されましたよ、という意味である。
たとえば今年の紅白初出場はあいみょんにとってタレントライフサイクル上でのステップアップのさらに大きなきっかけになるはずで、そのように無数にあるきっかけの最初の大きな予兆が紅白初出場の1年4ヶ月前にありましたよ、ということなのである。
そのタレントのブレークの兆しが科学的に掴めるだけでも業界的には革命的なインパクトがあると思うのだが、いかがだろうか。
さてこの2017年9月11日週に、なにがあいみょんにあったのだろうか?
ここは、彼女自身に登場いただいて、ご本人から語ってもらおう。
ありがとう、あいみょん。そしておめでとう!
iTunesのアルバムランキング4位、まさにこの日から彼女のメジャーブレークストーリーが始まるのである。この時のTwitterの反応は、彼女にとって過去最高の週約2,000件を記録、その日以降彼女のTwitterのベースラインは着実に上がり、2018年の2月と4月にはそれをさらに増幅するセカンドインパクト、サードインパクトを迎えることになる。
ここも再び彼女に語っていただこう。
いかがだろう。
もう全てお分かりかと思う。
iTunesにランクインしてメジャーブレークの初端を掴んだあいみょん。
その後Mステ初出演時にブレークレシオ4.0超を記録し、その後もテレビ出演の度にバズレベルを確実に上げていく。
iTunes(とライブ、FM)中心だった2017年は音楽好きの30代女性がファン層の中心だったのが、初めてメジャーにその姿を現したMステでまず同世代の20代女性が反応し、テレビ出演を重ねるにつれて男性ファンも拡大していった、これがあいみょんのブレークストーリーである。
ネットとライブハウス、そしてFM、ここでは彼女の音楽と声が全てであり、その反応層も30代女性であった。彼女が実際にビジュアルにその姿を現した時、まず同世代の若い女性たちが反応する、そして本人の露出を重ねるにつれて男性たちも反応しはじめる。こうやってファン層が拡大していく。このエンゲージメント層が多層に多重に拡大していく様は、まさにヒットの法則の黄金パターンだ。
デジタルミュージックプラットフォームはあいみょんのデビューの初端を作ったが、それを拡大し定着させたのはテレビであり、楽曲を超えた彼女自身の人間としての魅力である。ここでのテレビの力、役割がお分かりいただけるだろうか。
そしてこのデジタルネットワークとテレビのメディアミックスがトレンド形成にどのような役割を果たしているかがお分かりいただけるだろうか。
ネットは主体的に情報を取りに行くメディアであり、ここでは主にアクティブな層が反応する。あいみょんのケースではそれは30代女性だった。反対にテレビはパッシブなメディアであり受身に浴びる情報に意味が出てくる。それはあいみょんのルックスや雰囲気や仕草や表情やリアクションやファッションといったネットではわからない膨大な付加情報だ。デジタルでは伝わらないそのような周辺情報がテレビを見るものに強烈に刺さり、心の奥深いところに共感を作るのだ。これに反応したのが同世代の女性であり男性層である。この反応は情緒的でとても強いものだ。アーチストにとってテレビに出ることの意味はまさにここにある。
その後の彼女の活躍は、皆さまご存知の通りだ。
秋ドラマでは、新垣結衣主演作の主題歌にも採用され、紅白にも出場が決定した。絵に描いたようなブレークストーリー、まさに今年のシンデレラがあいみょんである。
今年の大晦日、君はあいみょんなんて聴かない、とは思わないけど、彼女はこんな歌であんな歌で、トレンドを乗り越えていくんだろう。
関連記事
著者:梅田仁 | Jin Umeda
ライフログ総合研究所(Life Log Lab.)所長
iPhone、iPod、iTunes、Mac、Apple TV、Apple Storeのシニア・マーケティング・プロデューサーとして、Apple(AAPL)を時価総額世界一のブランドに育て上げることに貢献。iTunesで取り扱う内外のエンターテインメント・コンテンツ、アーチストの需要トレンド、視聴者の嗜好パターン分析を通してプラットフォームメディアビジネスにも精通。2013年、ライフログ総合研究所を設立、TV Rank、Talent Rankサービスを展開中。著書:「売れない時代に売る新常識」出版文化社、2011