【Talent Rank】3年A組 〜今から皆さんは、テレビの人質です
日本テレビ系列の日曜ドラマ「3年A組-今から皆さんは、人質です-」が好調だ。新作ドラマとしては今クールNo.1の視聴率らしい(ビデオリサーチ調べ)。
好調の要因はすでに様々に語られているので、ここでは関連するデータをご紹介しよう。
図1は、「3年A組」出演者のTwitterトレンドだ。「3年A組」の初回放映が1月6日だったので、図のグラフでは初回から第7話までのトレンドがご覧いただける。
現在は第9話まで放送されていて5週連続視聴率アップ、4週連続自己最高視聴率更新とのことなので、視聴率的にはこのグラフの後2週がさらに右肩上がりになっているということになる。
最終回に向かって自己最高を更新し続けるのは最近のヒットドラマの勝ちパターンだ。ここでご紹介した出演者のTwitterトレンドでも、初回放映の影響が反映されている1月7日週で一旦ピークを記録し、裏番組で嵐が活動停止の電撃会見をしていた1月21日週でトレンドの底を迎えるが、それ以降はまた右肩上がりでTweetを伸ばしているのがわかる。
初回はやはり事前情報や番宣、出演者への期待感で視聴者を集めるが、そこでの数字はキャスティングやドラマのジャンル、テーマの話題性などドラマ企画の初期設定が反映されているケースが多い。実際の視聴者の生活パターンでも出演者やジャンルなど初期設定的に気になるドラマの初回をチェックして、面白そうなドラマだけを残してそのクールの視聴習慣に入れる、みたいなケースも多いだろう。そのため初回はそのドラマの初期設定値である程度の視聴者を集めるが、初期で脱落が起きてしまうと視聴者を呼び戻すのは難しくなる。
「3年A組」の場合は初回以降も視聴率の数字は伸びている。Tweetのトレンドほど視聴率は落ちていないどころかむしろ伸びていて、このTweetの初期のピークは話題性の高さということ、そして初回を見た人たちのインパクトの大きさがそのまま現れた結果だろう。これは後々有利に働く。「3年A組」はこの初期のバズ資産(なんか、ネットで話題だよね。菅田将暉の演技が凄いみたいだね)も使いながら視聴率の上昇と連動し始めるのが、この1月21日週以降のTweetの上昇トレンドだ。
初期設定時の話題性や期待値を超えて、放送の回を重ねる毎にその話題性や期待値を大きく成長させていく、これができれば初回で獲得した視聴率以上の数字を叩き出してヒットコンテンツを生み出すことができるのだ。
では、どうすればヒットが生まれるのか?
答えは、その初期設定の中にある。
ライフログ総合研究所ではタレントと視聴率の関係を様々な角度から研究しているが、要約するとタレント自身が持つ視聴者を集める潜在力、企画されたコンテンツが持つ話題性や期待値、それに放送する局や時間帯が持つ枠のキャパシティ、これらが相まって実際の視聴行動が決まってくる。「3年A組」の場合は主演の菅田将暉のタレント力が非常に強いのだが、若手俳優を集めた学園物といったコンテンツ設定、22時30分という枠設定は決して有利な条件ではなかった。その初期設定がそのまま現れたのが初回10.2%(ビデオリサーチ調べ)というギリギリ二桁なスコアだろう。このままよくある学園ラブコメで行っていたら初期設定値の資産を食いつぶして早々に1桁になっていたかもしれない。だが、「3年A組」の初期設定の中には次回以降に連続して爆発し続けるヒットの導火線が巧みに仕込まれていたのだ。
改めて図1のグラフを見ていただきたい。
初回こそ菅田将暉のTweetが他の出演者を含めた全体の約75%となっているが、その比率は徐々に低下していく。つまり菅田一人ではなく、他の共演者たちのTweetが入れ替わり立ち替わり盛り上がっているのだ。それも一部の人物だけが盛り上がるのではなく、毎週毎週あちらこちらで小規模な爆発、中規模な爆発が、これでもかというくらい仕掛けられているのだ。
たとえば、グループではボーカルの片寄涼太が普段は見られないキレキレのダンスを決めている、視聴中心層が子供の頃毎日見ていたEテレの人気子役福原遥が菅田にボコボコにされている、永野芽郁がマニアックなプロレスネタを披露している、などなど、毎回フォーカスの当たる人物が変わっていくマルチキャストのシナリオと、ディテールまでこだわり抜かれた小技、小ネタのオンパレードが、SNS時代のドラマ視聴を盛り上げまくっているのである。
これがヒットしない訳がない。
製作者のきめ細かい作り込みとディテールに掛けた愛情が、確実に視聴者に伝わっているのだ。もちろん、意表をつく展開と謎が謎を呼ぶストーリーが見るものを離さないという王道があっての小技なのだが、「3年A組」の場合はこのディテールにこそヒットの核心がある。
よく、ターゲットを決めてメッセージを絞り込んで、みたいなことが言われるが、それは戦艦大和の大砲みたいなもので、実際の視聴者の興味関心は様々で、一点突破ではむしろ外れたり不発になるリスクの方が多かったりする。
「3年A組」がやっているのは初期設定に書かれたキャストやテーマがそのまま消化されるのではなく、その材料を使いながらこれでもかというくらい細部にわたって二次展開、三次展開をさせているのだ。
どういうことか。
つまり、従来マスメディアとはオールターゲットでメインメッセージがどかん、全国一律どこでもいっしょ、かたやネットは究極のパーソナライズ、マスとネットは1対多、みたいな二元論があった訳だが、「3年A組」はマスメディアでありながら”多”に訴えかけているのである。一律ではなく細分化された情報を断片化して送りまくるから、どれか興味のあるもの解るものに反応してね、というやり方である。だから人によって楽しみどころが違う、反応するキャストやシーンが違う、その結果、一律メッセージでやるより多くの人を巻き込める。より多くのバズが巻き起こる。ネットのことを、よくわかっているやり方だ。
SNSの発信主体は個人である、マスではない。
テレビは放送局の数だけ発信者がいるが、コンテンツあたりの発信者は1局だ。片やネットはユーザーの数だけ発信者がいるのだ、その全てをコントロールすることなど、できない。SNSで面白い情報を発信したければ、まず発信者であるその個人が面白いと思ってもらわなくてはならない。個々人の面白いと思うものは一人一人違う。でも、入口は違うけど、趣味や興味の異なる多くの友人がみんな一致して、「3年A組は面白いよ」と勧めてくる。じゃぁ、見てみようか。
これである。お分りいただけただろうか。
一度脱落した視聴者を呼び戻すことは難しいが、まだ見ていない視聴者を連れてくることは出来るし、そのほうが数が多い。番宣は自局を見ている視聴者にしかできないが、ネットなら自局を見ていない人、そしてテレビを見いていない人にさえリーチできる。それを毎回続ければ、最終回に向けて数字はどんどん伸びていく。感動した視聴者がまだ見ていない視聴者を連れてきてくれるのだ。これが最近のヒットの王道である。
どうやら今年中にネットとテレビの総広告費が逆転するのではないか、と言われている。ネット広告が伸びている理由は、企業の広告費は経費であり、経費の支出には支出に対する効果の説明が経営層と株主に対して必要であり、テレビに比べてネットの説明性が高いからである、というのが永年超巨額の宣伝費を使い続けてきた私の持論である。ネットが主たる広告支出になると、まだ多くの方はお気づきにはなっていないかもしれないが、広告費の支出に対する広告主内でのメジャーメントもネットのそれが適用されるようになる、というか実は海外ではもうそうなってる、というのがすぐそこにある冷静な現実だ。
そこで問われるのは、それを実施したことによる具体的な効果だ。
だが、この「3年A組」の例のように、テレビにはネットを活用してさらに大規模な効果を生み出せるネットにはないパワーがあるのだ。このパワーをうまく説明し、使いこなせるように設計することが、テレビをさらに魅力的なメディアにしていく、大きなヒントである。
その意味で、「3年A組」には私たちをテレビの人質にしてしまう大きな魅力がある。
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著者:梅田仁 | Jin Umeda
ライフログ総合研究所(Life Log Lab.)所長
iPhone、iPod、iTunes、Mac、Apple TV、Apple Storeのシニア・マーケティング・プロデューサーとして、Apple(AAPL)を時価総額世界一のブランドに育て上げることに貢献。iTunesで取り扱う内外のエンターテインメント・コンテンツ、アーチストの需要トレンド、視聴者の嗜好パターン分析を通してプラットフォームメディアビジネスにも精通。2013年、ライフログ総合研究所を設立、TV Rank、Talent Rankサービスを展開中。著書:「売れない時代に売る新常識」出版文化社、2011