【Talent Rank】「あいみょん原論」令和のヒットの法則
令和という新しい時代を迎えて早くも6か月が過ぎた。皆様いかがお過ごしだろうか?
新時代に入って世の中がどう変わるかと楽しみにしていたら、やはりあちらこちらで劇的な変化が起こり始めているようだ。
たとえば、本稿のタイトルに取り上げた「あいみょん」。令和最初にブレークしたスーパースターが、このあいみょんである。スターは次々に現れるが、あいみょんの場合、今までのブレークパターンとは決定的に異なる新時代ならではのヒットの要因を抱えている。そのあいみょんのヒットの要因が、いかにも新時代令和的なのだ。それは何か? 今回はビルボードジャパンの発表資料とデータも借りて、そのあいみょんの令和的なブレークストーリーをご紹介しよう。そこから、新時代令和の新しいスーパースター像と新しいヒットの法則が見えてくるはずだ。
ビルボードであいみょんを見る
まずは権威ある【ビルボード 2019年上半期TOP ARTISTS】から。アーティストの総合力をランキングしたこのビルボードチャートで今年上半期のナンバーワンに輝いたのが、あいみょんである。特にラジオチャートとストリーミングチャートで二冠を獲得したことが、アーティスト総合一位に大きく貢献したとのことだ。
さらにその強かったストリーミングでは、【ビルボード 2019年上半期Streaming Songs】であいみょんの「マリーゴールド」が20週連続の一位を記録するという快挙。これで文句なく同チャートの上半期首位を獲得し、さらにその「マリーゴールド」は定額制音楽ストリーミングサービスの実再生回数でなんと1億回を突破という偉業を成し遂げる。単曲でのストリーミング数1億再生突破は、日本国内アーティストでは初めてだそうで、なんともワールドクラスなブレークぶりではないだろうか。(ビルボードジャパン調べ)
ストリーミングといういかにも新時代令和的な手法でスターダムを駆け上がったあいみょん 、そこにはいったいどんなサクセスストーリーが隠されているのだろう。
図1をご覧いただこう。
これはあいみょんの2016年から2019年までのテレビ出演(秒数)、Twitter(メンション数)とビルボードの各ランキング(順位)のトレンドだ。全体をご覧いただいてわかるのは、青の点線と赤の点線で区切ったタイミングの前後で、トレンドのフェーズが変わっていることだ。
最初のフェーズである青の点線以前はテレビ出演もほとんどなくTwitterメンションも週1,000件以下と低レベルだ。この間にメジャーデビュー最初のシングル「生きていたんだよな」、と二作目「愛を伝えたいだとか」、三作目「君はロックを聴かない」がリリースされるが、ラジオチャートこそ反応しているもののCDセールスは発売初週に僅かにランクインがあるだけで2周目以降はビルボードトップ100圏外に落ちてしまう。三作目の「君はロックを聴かない」に至っては発売初週ですらCDセールスがトップ100圏内には入ってこないという状況。レコード大賞全盛期を経験した昭和世代の素人の私からすれば、三作目のシングルが発売初週にランキング100位にも入らないなんていうのは、申し訳ないがマイナーアーティスト、ちょっと四作目のリリースはないんじゃないのかなぁと思ってしまう。このCDセールスのデータだけ見ると、とてもその1年後に20週連続一位とか、日本人初の1億再生突破なんて華々しいシンデレラストーリーが待っているなんて、想像もつかない状況だ。
この三作目の「君はロックを聴かない」、あいみょんはインタビューで2016年には出来ていたと答えている。2016年といえばメジャーデビューの年であり、この時にはすでに三作目のシングル曲ができていたということになる。その三作目は発売当初はチャートの100位にも入らないのだが、青の点線直後の2018年3月以降に突然動き出し、ダウンロード、ストリーミング、カラオケチャートであいみょんとしては「マリーゴールド」に次ぐ二番手の人気曲に成長する。リリース当初はCDセールス的にはパッとしなかったこの曲が約半年後に突然のブレーク、一体何が起きたのだろうか? 実はここに令和型ヒットの面白さがある。
楽曲はアーティストにとっては商品だ。特にギターを弾いて歌うあいみょんのようなアーティストの場合、自分の弾き語りでパフォーマンスを完結させることが可能だ。実際にデビュー前と言われる路上ライブの動画を見ても、あいみょんのパフォーマンスはインディーズ時代にすでに完成されていたことがわかる。さらにそのメジャーデビュー前の時点ですでにのちの大ブレーク楽曲も存在していたのである。このあたりは、他の有名アーティストでも同じような例が存在するだろう。
ここが面白いポイントだ。デビュー前からあいみょんのヒット曲は存在していた、変わったのは商品(楽曲)ではなく、あいみょんを取り巻く外部環境だ、ということだ。マーケティングの教科書的に言うと、あいみょんのプロダクト(楽曲)には大きな変化はなく、プロダクト以外の外部環境の変化があいみょんのメジャーブレークに決定的な役割を果たした、ということになる。つまり、いい楽曲を作ったからブレークしたのではなく、商品(楽曲)は最初から同じで、周りの環境が変わることでブレーク状況が作り出された、ということだ。モノづくり大国であったわが国ではいいものを作れば売れるという神話が根強いが、かつてアップルでiPodやiPhoneに携わった私の経験から言わせていただくと、いいものを作れば売れる、というのはウソで、いくらいい(と思える)ものを作っても売る努力をしなければ売れない、というのが正しい。この場合ブレークとはプロダクトではなく、それを取り巻く状況なのだ。ブレークとは、売れる状況を作り出すことだ。
あいみょんのリファレンスメイク
では、売れる状況を作り出すとは、どういうことだろう。
それは、最初は反応が薄かった「君はロックを聴かない」が、あることをきっかけにして突然ブレークする、そのあたりの状況に隠されている。
あいみょんトレンドの初期フェーズと二番目のフェーズを分ける青の点線は、2018年2月11日の週だ。この週こそが、あいみょんをスーパースターへと押し上げるターニングポイント、あいみょんをワールドクラスなスケールを持ったアーティストへと変貌させるゲームチェンジャーがあった週だ。
この2018年2月11日週より前には、あいみょんのビルボードトップ100圏内での目立った動きは先に触れた一作目と二作目のシングルのリリース初週のCDセールスとラジオのオンエアチャートのみである。この時期はテレビ出演もほとんどなく、Twitterメンションも週1,000件以下だ。ラジオ以外ではマイナーというより、無名に近い存在だ。
実際この時期のあいみょんの活動は地道なものだった。
小さなライブハウスでツアーをしたり、新人アーティスト枠でフェスに参加したり、それ以外にもファッション誌やカルチャー誌でインタビューに応えたり、ただそれらの活動は個々のリーチこそ小さいが確実にあいみょんというアーティストの輪郭を形作り、それぞれのコミュニティに直接アプローチをするうえで大切なものだった。
実はこのような小さなリーチを個別のコミュニティに重ねていく活動は、とても重要だ。最新のブランド戦略ではこのような活動をファーミング、あるいはリファレンスメイク、と呼ぶ。のちにそのブランドについて推奨してくれる人々(アンバサダー)が引用する実例(リファレンス)をリアルな出来事として体験させ、作り込んでいくフェーズ、という意味だ。
ファーミングを重ねると、その評価は徐々に現れていく。のちに伝説、と言われるような逸話が誕生するのもこの時期の特徴だ。たとえば「ももクロってライブでバク転しちゃうんだぜ」なんてリファレンスが最初に生まれるのがこの頃だ。そうやって最初にアーティストの評価をしてくれる、のちにファンの中核になってくれるコア・リファラーが生まれてくるのだ。アーティストの人気が拡大しフォロワーが徐々に増えていくときに、「なんかあいみょんていいよね」といった漠然とした問いかけに、「実は、〜らしいよ」とリアルな実例を挙げて情報の肉付けをしてくれるのがこの初期リファラー層である。
潜在層のそばにいて背中を押してくれる、アーティストにとって極めて大切な存在だ。
そんなリファラー層は、のちのブレイクを予兆させるような決定的な仕事もしてくれる。
たとえば図1で言えば、ラジオ・オンエア・ランキングがそれだ。ファーストシングルの「生きていたいんだよな」は初週の79位が最高だったが、二作目では最高9位、三作目の「君はロックを聴かない」では最高1位にまで上がっている。他の指標とは別にあいみょんはラジオではヘビーローテーションされ、「君はロックを聴かない」は2017年のFM Q LEAGUE AWARD 年間大賞を受賞する。こうしてまずは音楽業界内での評価が確立していくのだ。業界内で最も早くあいみょんを評価したのはSpotifyだ。Spotifyは2016年12月に発表した新人アーティストを発掘するプレイリスト「Early Noise 2017」に、いち早くあいみょんを選出する。そして先のFMでの評価が続きテレビでも2018年1月21日放送のテレビ朝日系列「関ジャム~完全燃SHOW~」の「売れっ子音楽プロデューサーが選ぶ2017年の年間ベストソング特集!」にあいみょんが選ばれる。商品さえ見れば、プロの評価は早いのだ。
いかがだろう、メジャーブレーク前の時点ですでにのちのあいみょんの評価が確立されていたのがわかる。商品はすでにあった、その商品に対する玄人筋の評価も抜群、あとはブレークを待つだけというのがこのファーミング時期の状況だ。
リファレンスメイクを通して内部環境は整った、あとは外部環境を一変させるゲームチェンジャーの登場を待つだけだ。
あいみょんのブレークシグナル
ファーミング期の評価はSpotifyのエディターやFM局のディレクター、音楽プロデューサーといった業界内の”人”、玄人筋の感覚がもとになっていたが、実はデータ面でもこの時期のあいみょんにはブレーク予兆がはっきりと現れている。
以前の記事(【Talent Rank】君はあいみょんを聴かない?)でご紹介した「Talent Rank」のブレークレシオがそれだ。Twitterのリアクション率から産出したブレークレシオで、あいみょんのネクストブレークシグナルが2017年9月10日週に点灯しているのだ。
このように、リファレンス期の特徴は、コアのリファラー層を固め、ブレークシグナルの点灯に代表されるようなリアクションを引き出すことにある。具体的にその成果は、Twitterメンションのレベルが徐々に上がっていくことでわかる。先にファーミングと呼んだこの時期の活動、アーティストの輪郭を形作っていく、小さなリーチを重ねていくような地道な活動の一つ一つに対して、それに触れることのできたコミュニティから小さなリアクションがさざ波のように生まれる。そのリアクションの積み重ねが、たとえばTwitterであればアーティストのメンション量として現れてくるのだ。最初は小さな声だったメンションが、アーティストの活動が充実するにつれて徐々に大きな塊となって帰ってくるのだ。
あいみょんというアーティストに関与する人々の層が、確実に重なっていくのである。
たとえば、一作目の「生きていたんだよな」の頃のあいみょんのTwitterメンションは週250件程度、それが二作目の「愛を伝えたいだとか」で週500件、三作目「君はロックを聴かない」では週700件と確実にリアクションが上がっていくのがわかる。
それと連動するようにラジオのオンエアも増え、確実にリファラー層の厚みが増していることがお分かりいただけるだろうか。
図2をご覧いただこう。
これはあいみょんのTwitterメンションの性年代分布だ。2017年がリファレンス期、2018年がブレーク期だ。
ブレークとは外部要因の変化だと言ったが、それを具体的に示しているのがこのグラフだ。2017年と2018年の決定的な違い、それはあいみょんに関与する(あいみょんをメンションする)人々が爆発的に増えたことだ。
2017年のデータをご覧いただければ、あいみょんを最初に評価したコアのリファラーが誰なのかわかる。そう、最も数が多いのが30代、40代の男性だ。これはSpotifyのエディターやFM局のディレクター、音楽プロデューサーといった業界内のキーマンの属性ともオーバーラップする音楽の玄人筋層だ。まさに今後のファンベースの中核となってくれる人々の属性だ。そしてあいみょんと感覚を共有する若い女性層。彼女たちが数の上で後のファンのボリュームゾーンを大きく形成してくれるのは2018年のデータの通りだ。あいみょんに対して一番お金を落としてくれるのが、彼女たちだ。
いかがだろう、ブレーク前のリファレンス期に何が起こっているのかお分りいただけただろうか。数は小さいが確実にあいみょんの評価が形成され、その層が厚みを増していく、それがこのリファレンス期だ。後のブレーク予兆も、このリファレンス期のリアクションからシグナルが取れる。リファラーの厚みの進捗から、統計的なブレークシグナルが発せられるのだ。あとはメジャーブレークのトリガーとなるゲームチェンジャーの登場を待つだけ。
いよいよその”爆発”について、見ていこう。
あいみょんのゲームチェンジャー
あいみょんの爆発、それは2018年2月11日の週に起きた。文字通りビッグバンである。
図1の青の点線、これが2018年2月11日週だ。一体この週に何があったのか。
この週の大きな特徴はあいみょんのTwitterメンションが突然週1万件を突破していることだ。それまで週500件から1,000件の間で推移しながら確実にベースを上げてきていたあいみょんのTwitterメンション数が、この2018年2月11日週に突如15,254件を記録するのである。そしてまさにこの同じタイミングで、あいみょんの楽曲のダウンロードとストリーミングがビルボードTop100圏内に現れる。それ以降の爆発的なブレークの初端が、まさにこの週に出現するのだ。その意味でこの2018年2月11日週は、それまでのあいみょんとそれ以降のあいみょんを全く別物に変えてしまった出来事、あいみょんにとっての「ゲームチェンジャー」がまさに突如としてこの週に出現したことを示している。
いったい何があったのか?
その答えはグラフの一番上、この週に記録されたオレンジのテレビ出演秒数にある。この週、あいみょんは二つのテレビ番組に出演しているのだ。テレビ朝日系の「MUSIC STATION」と同じくテレビ朝日系の「関ジャム 完全燃SHOW」だ。そして、この週に獲得した1万5千件超のTwitterメンションは、この二番組への出演をきっかけとしたものだった。
それは、あいみょん本人による次の二つのTweetから始まった、
その後何が起こったかは、この二つのTweetに対するリアクションに、生々しく記録されている。
”我らがすばるくん!
はぁ〜かっこいい。。
ギターも歌も全部よかった!
そしてそして、何度もいいますが、楽曲が素晴らしい!
はぁ〜よかったぁ〜
#関ジャム
#関ジャニ
#渋谷すばる
#あいみょん
#愛を伝えたいだとか”
”あいみょんがテレビで歌っている姿に感動したよ〜!
関ジャニ∞とのセッション、めちゃくちゃカッコ良かった〜!”
”関ジャニファンでもある私には、すっごいご褒美でした
めちゃくちゃよかったです”
”アラフォーおっさんにも突き刺さりました!グハッ!!”
”初めてあなたを知りました。
一発で胸を撃ち抜かれました。
久しぶりに音楽を聴いて、ワクワクしました。
一目惚れならぬ、一耳惚れです。
今から今まで出された曲も聴き漁ります。
これからも楽しみにしています。
幸せな時間をありがとうございました!”
”即音楽をダウンロードしました
本当に最高でした”
”テレビではまだ見れてないんですけど絶対鬼リピします!!!
大好きです!!!
これからもがんばれ”
これがあいみょんのゲームチェンジャーだ。
”渋谷すばるとのセッションがよかった、胸を打ちぬかれた、幸せな時間だった、即曲をダウンロードした、他の曲も聴き漁りたい、鬼リピしたい、、、”
以上である。それ以上でもそれ以下でもない。全てがここに書かれている。
秘密も何もない、仕掛けも何もない、よかった、感動した、もっと聴きたい、もっと聴いていたい、これだけだ。
そしてこれこそが、令和型のヒットの真髄なのである。
それは、パッションとモチベーションとアクションの完全一致だ。
感動と体験の幸せな結婚と言ってもいい。
渋谷くんとのセッションに感動した視聴者は、その瞬間にあいみょんの曲をもっと聴きたいという想いに駆られる、ここまでがパッション(感動)とそれによって喚起されたモチベーション(動機)だ。そしてテレビを見ている傍にあるであろうスマートフォンから即あいみょんの曲をダウンロードしてその場で聴くことができるのだ。これがアクション(体験)だ。この感動と動機と体験の距離の近さ、これこそが令和のヒットを生み出すダイナミズムだ。テレビで関ジャムを見ながら手元のスマートフォンでTweetしたり曲をダウンロードしたりする視聴者の姿が、簡単にご想像いただけるだろう。
胸を貫くような感動に、人々はその場で同時にリアクションを完結させることが可能なのである。高まった感情の欲求を、人々はその瞬間にその場で成就させることが可能なのだ。
”即ダウンロード”、”鬼リピ”、”他の曲も聴きあさり”、、、
そんなことが視聴者の手の中で今すぐ可能になる、それこそが視聴者にとっての感動と体験の幸せな結婚、そしてこの感動のリアクションこそが、音楽ビジネスにとってはダウンロードとストリーミングという収益に直結するマネタイズの仕組みそのものなのである。
感動とメイクマネーの幸せな結婚、これがプラットフォームの力だ。
感動の深さとリアクションの容易さ、これは乗数効果で結果が増幅される。さらにそのリアクションを爆発させるのが、今回のイベントに関わった人々の規模、そうリーチだ。
ブレーク直前のこの時期でもあいみょんのTwitterメンションベースは週1,000件に届くかどうかといった程度であった。その程度であったアーティストが、週35,000件というアイドルでもトップクラスのバズベースを持つ関ジャニと共演したのである。あいみょんから見ると35倍のバズベースを持つお化けタレントとの共演、そうあいみょんにとってのこのリーチの急拡大が今回のゲームチェンジャーの最大の乗数だ。そして燃料は期待以上に燃え上がった。
あいみょんが重ねてきたリファレンスベースでのリーチを超えて、テレビというメディアと関ジャニというお化けリーチを持つビッグアーティストとのコラボで、あいみょんの外部環境が一気に爆発したのである。それはしっかりとした内部環境と確実に育ててきたリファレンス評価を持つあいみょんだからこそ為し得た、まさに絶妙なタイミングでのゲームチェンジャーだったのである。
昭和型ヒットと令和型ヒット
それまでの音楽ビジネスの主役は、CDだった。
アーティストは全ての視聴者のためにいちいち生演奏をするわけにいかないので、
1 楽曲のテイクを入れたCDを生産して、
2 そのCDを販売店の店頭に並べ、
3 視聴者には販売店までCDの購入に出向いてもらい、
4 家にCDを持って帰ってステレオやラジカセでCDを再生してもらい、
5 聴く、
というプロセスを経てやっと音楽を聴くという体験が完結していたのがそれまでの音楽ビジネスだった。プロセスが長いので、その途中で当然脱落や他の楽曲への離反といったことも起こる。この長いプロセスが回らないと収益化出来なので、音楽レーベルは手間暇をかけてマーケティングや営業活動をしなくてはならなかった。AIDMA(アイドマ)とかAISAS(アイサス)とか言われるマーケティング用語は、この長いカスタマー・エクスペリエンスの途中で離脱が起こらないようにするための戦術論でもあった。これが、レコードやCDを主体としたひと時代前、たぶん昭和型の音楽ビジネスである。
美空ひばりの曲はいいでしょ、美空ひばりのレコードを買いに行こうよ、美空ひばりのレコードはここで売ってるよ、今なら赤いリンゴももらえるよ、うちで買えば福引クーポンもつけるよ、アルバムを買えばポスターもつけるよ、という商売だ。レコード販売店にいくのをやめたり、途中で寄り道をしないように、要所要所に美空ひばりのポスターを貼り出したほうがいいかもしれない、商店街で曲も流そう、レコード店に着いたら一番目立つ場所に特設コーナーを作って、週末はサイン会だ、抽選でリンゴもあげよう、もうお祭りである。一年中お祭りはできないので、販促効率を高めるためには投資を集中したほうがいい、そのために考えられたのがシングル盤の発売だ。新曲発売というイベントを作って、そこに投資の山を集中させるのである。ローンチ・マキシマイズと呼ばれる手法で、いまでも様々な産業で新商品発売を最大のマーケティングの山にしたキャンペーンが行われている。
仮に音楽ビジネスが依然としてCD販売を中心とするモデルだったら、あいみょんはここまでヒットしていなかったかもしれない。先の図をご覧いただくと、あいみょんの最初のシングル「生きていたいんだよな」、から2枚目の「愛を伝えたいだとか」、3枚目の「君はロックを聴かない」、そしてそれ以降の「満月の夜なら」、さらにあの「マリーゴールド」に至っても、あいみょんのCDセールスランキングは良くて24位、あの伝説的お化け番組「ザ・ベスト10」が今も放映されていたとしたら、あいみょんはマリーゴールドでさえスタジオに呼んでもらえないのである。黒柳さん久米さんと、あいみょんは絡むことがなかったのである。お分かりだろうか、世の中が昭和の音楽ビジネスのままだったら、あいみょんはヒットなんかしていないのかもしれないのである。
あいみょんエクスペリエンス
あいみょんが令和最初のスーパースターであると言う理由の一つが、彼女が日本で最初のストリーミングの女王である点だ。
先の、もっと聴きたい、もっと聴いていたい、という視聴者の欲求に一番忠実な音楽体験が、ストリーミング・モデルだ。
CDやダウンロードがあくまで楽曲の「購入」であるのに対して、楽曲の視聴権を得るストリーミングはまさに音楽の「体験(聴取)」機会をそのまま獲得するものだ。収益の長期安定性といった供給サイドの目線でこのサブスクリプション・モデルはちょっとしたブームになっているが、視聴者の目線でいうとサブスクリプションとは面倒な過程を省いて「体験」そのものを獲得する手段であると言える。
音楽は聴いていたい、何を聞くかは自分で決める、といった時代には、本当に聞きたい、いつまでも聴いていたい音楽、がヒットする。
当たり前のことなのだが、実はローンチ・マキシマイズ型に代表されるイベント型の音楽消費というものは、本当にその音楽が聴きたいというよりも、その音楽に付随する情報を共有したい消費したい、という欲求の方が優っている場合が多い。なぜなら、CDやダウンロードはたった一回の購入チャンスさえ得られれば音楽レーベルの収益が確保されるからだ。レーベルの努力は長く聴いてもらうというよりも購入タイミングの一点に集中投下される。つまり聴きたい以上に、買いたい想いを掻き立てる必要があるのだ。
その証拠に実は、あいみょんのチャートパターンとは全く真逆の、CDセールスが強い楽曲やダウンロードが強い楽曲は、チャート登場初週に1位か2位を獲得したあと、その後徐々に順位を落としながら消費されていくパターンを描く。つまりローンチ・マキシマイズ型の典型として、発売初週に最大数値をつけて、その後徐々にパフォーマンスが落ちていくのだ。
それがCDやダウンロードの販売数のトレンドだけならわかるのだが、ローンチ・マキシマイズ型の場合は、実際の聴取「体験」であるストリーミングも販売トレンドと同じ動きを見せることが多い。「購入」だけではなく「体験」そのものも、イベントが立ち上がった初週を最大値として徐々に下がっていく。実聴取「体験」も、イベントにまつわる情報消費のトレンドとともに低減していってしまうのである。リリースの瞬間の「旬」な情報性が、聴きたい期間にも影響しているのだ。極端に言えば、このような楽曲は「音楽を聴いている」のではなく、「情報が効いている」ということができる。
リリース直後から聴きたい欲求が情報とともに陳腐化してしまうのであれば、実聴取体験であるストリーミングで20週連続一位とか、1億再生突破とかにはならない。CDやダウンロード以上に、ストリーミングではもっと聴きたい、もっと聴いていたい、毎日聴きたい、いつも聴きたい、いつまでも聴いていたい欲求が必要なのだ。
情報として一発消費されるのか、音楽として長く体験されるのかの違い、と言えばいいだろうか。
ローンチ・マキシマイズ型はある程度企業規模の大きな音楽レーベルとっては有利な販売方法だ。そもそも製造から流通までのビジネス規模が大きく、チャネルに対する人的投資も必要で、マーケティング費用も求められる、それは規模のビジネスだ。規模が必要とされるので、それは新規参入に対する障壁にもなった。これもまた大手には有利に作用する。
それに対してストリーミングは、そこまでの投資は必要としないし、極端に言えば音源のデジタルデータだけあればあとはプラットフォーマーがやってくれる。YouTuberでもニコ動の歌い手さんでもすぐエントリーできるのだ。そして最大の違いが課金チャンスだ。ストリーミングではその楽曲が再生される回数そのものが課金チャンスとなるので、リリース日はあまり需要ではなく、できるだけ多く、できるだけ長く聴いてもらえれば収益が最大化していく。そうなるとこれまでのイベント型の購入タイミング一点最大化ではなく、長く長くいつまでも聴いてもらえる音楽づくりと、シングルのリリースを重ねるのではなく、プレイリストに複数登録できるレパートリーの充実が求められる。
また様々なプレイリストに登録されることがロングランの条件にもなるので、今ヒットしていますと言った旬の情報性ではなく、様々なシチュエーションやオケージョンで人々が聞きたくなる、様々なシチュエーションで流れていて欲しいテーマ性やストーリー性、共感性が必要になる。
ライフスタイルのシチュエーションやオケージョンに合わせた様々なテーマ性が楽曲に求められるのだ。たとえば、ここで気分をアップしたいとか、パーティシチュエーションとか癒しとか睡眠とか、それこそプレイリストのテーマは無数にあり、それは人々の音楽を聴きたいニーズそのものであり、そこにピックアップされる楽曲がロングランの条件になる。そこでは旬の情報性はあまり重要ではない。むしろ永続するニーズに応えられる普遍性が求められる。これは先のリファレンス期に獲得した、様々なコミュニティで得られた評価にも関連してくる。マルチリファレンス型の切り口が求められるのだ。
よく言われる「消費」型モデルと「体験」型モデルの本質的な違いとは、このようなことなのだ。高額商品のシェアリングエコノミーやファッションなどで先行するレンタルモデルは、このような「体験」型欲求にマッチしたものである、令和型エコノミーを代表する新時代のパーチェスモデルはこの真の意味での「体験」型であると言える。
お祭り的に体験と称するイベントを提供するのは、真に生活者の欲求に根ざした永続可能なものでない限り、今までと同じ昭和型の情報消費に過ぎない。
お祭りとしての発売初週購入でなく、あいみょんの音楽をいつでもどこでも長く「体験」させること、それが令和型ヒットの特徴なのだ。
ブレーク後のあいみょんは確実にスターダムを駆け上がっていく。それはTwitterメンションのトレンドをご覧いただければわかる。2019年にはもはやベースでの週1万件越えも当たり前となり、逆にあいみょん自身が他のマイナーアーティストのコラボ対象になれる、そんな巨大な存在になっていく。あいみょんのブレーク後のメジャーなマイルストーンは2018年後半の赤の点線、そう紅白歌合戦だ。ここであいみょんはストリーミングに次ぐ次のエクスペリエンスを提供する。
それは、「歌いたい」だ。
人々の聴きたい、聴いていたい想いを成就させるのがストリーミングなら、カラオケはその次のモチベーション、「歌いたい」がどのぐらい成就されたのかを表す指標である。紅白に選出された瞬間、あいみょんの各曲は人々の歌いたいリストにアップロードされる。なんとわかりやすいのだろう。ここにもまた感動と体験の幸せな結婚がある。
ストリーミングのプレイリストにエントリーされ、カラオケのマイリストに登録される、そうやって令和のアーティストは人々に幸せな「体験」を提供していくのだ。
あいみょんが令和型のスーパースターであるという理由が、おわかりいただけただろうか。
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著者:梅田仁 | Jin Umeda
ライフログ総合研究所(Life Log Lab.)所長
iPhone、iPod、iTunes、Mac、Apple TV、Apple Storeのシニア・マーケティング・プロデューサーとして、Apple(AAPL)を時価総額世界一のブランドに育て上げることに貢献。iTunesで取り扱う内外のエンターテインメント・コンテンツ、アーチストの需要トレンド、視聴者の嗜好パターン分析を通してプラットフォームメディアビジネスにも精通。2013年、ライフログ総合研究所を設立、TV Rank、Talent Rankサービスを展開中。著書:「売れない時代に売る新常識」出版文化社、2011