【Talent Rank】2019秋ドラマヒットの法則:G線上のサクラとキムタク

秋なのにサクラである。

国会でも連日取り上げられる程、サクラの話題がテレビを席巻している(笑)。
秋になぜサクラが咲いたのか? その背景を探っていくと、最近のテレビのヒットパターンが色々と見えてくる。

このブログでも過去に何度か、テレビドラマのヒットの法則についてお話ししてきた。
あらためてまとめてみると、

1・「ドラマには固有の初期値がある」

ジャンル(医療とか刑事とか弁護士とかラブコメとかビジネスとか、夏クールは医療x警察ハイブリット型の解剖医ドラマが沢山ありましたね)、枠(局、時間帯、裏番組、前番組など)、出演者、トレンド性(その時々の世の中の話題性との関係)、そして番宣などなどの組み合わせで、初回の視聴層がある程度固まってくる。この初期値が高ければそのまま維持させればいい。このパターンが「先行逃げ切り型」。今期で言えば「ドクターX」だし、「グランメゾン東京」もここを狙っていただろう。

 

2・「バズるドラマはヒットする」

最近話題になるドラマはバズ型。初期値はマァマァだが 中盤から最終回にかけて大いに盛り上がり最後にはシーズン最高値を記録する。たとえば「3年A組」、「あなたの番です」がこれ。ネットのバズが盛り上がり、それが新たな視聴者を誘引して、後半に向けて社会現象を作り出す「バズ型ドラマ」が最近王道のヒットパターンだ。ネットを味方につけることで、初期値で獲得できなかった見逃し層、無関心層にも効果的にアピールできるので数字を作りやすい。そのネットのバズもあくまで視聴者の自主的な発信が重要で、見た人が思わずネットで叫びたくなるような話題性や感動がドラマに求められる。バズを仕掛けようとしては、ダメだ。バズの材料は提供するが、大事なのは視聴者が自然に共感できる話題性や感動がドラマそのものにあることだ。

 

3・「中押しのあるドラマは視聴トレンドを変えられる」

初期値がそこそこで、バズがあまりつかなくても大丈夫。たとえば久々の2クールぶち抜きドラマ「あなたの番です」も、スタート後4ヶ月ぐらいはそれほど高い視聴率だったわけではない。その傾向を変えたのが、「ゲームチェンジャー」の存在だ。詳しくは以前の記事(【Talent Rank】ドラマの数字の稼ぎ方「あなたの番です -”視聴率”反撃編-」)を見ていただくとして、このゲームチェンジャーが仕掛けられることでドラマ放映中盤からでも人を誘引して行動させる強力なバズを発生させることが可能になる。どんなドラマでも視聴してくれるファン層の心の中にはふつふつと湧いてくる想いが溜まっているはずだ。その想いに火をつけて一気に噴火せせるのがこのゲームチェンジャーだ。ゲームチェンジャーは「非日常フラグ」とも言い換えられるように、視聴者の常識的な期待を裏切り、驚かせ、感動させる、非日常的な意外性が必要で、このインパクトが大きければ大きいほど、ゲームチェンジのパワーも大きくなる。ここでは役者の表現力も重要だ。

 

4・そして今回新たに追加される法則が、「絶対ヒロインが数字を作る」

わかりやすくいうとドクターXの大門(米倉涼子)である。彼女は何物にも媚びない役者という専門ライセンスだけでテレビ業界を渡り歩く一匹狼だ。人は彼女を「ドクターX」と呼ぶ。そして今季、「サクラ」がこの絶対ヒロインに加わるかもしれない。

 

「同期のサクラ」はなぜウケたのか

図1「高畑充希Twitterトレンド」
 

図1をご覧いただこう。これは「同期のサクラ」に主演している高畑充希のTwitterトレンドだ(グラフ上の数値はビデオリサーチが公表した関東地区の番組平均視聴率)。典型的な後半盛り上げ型のチャートである。初期値こそ高くなかったが、その後の話題性で視聴率がぐんぐん上がっていく最近のブレークドラマの特徴を見事に表している。直近第6話の12.2%という数値は、今期ナンバーワンのドクターXにこそ及ばないが、木村拓哉主演の「グランメゾン東京」と同水準の視聴率である。

今期のドラマの特徴に、「日常系」というのがある。ドラマのジャンルの話だが、今期の秋ドラマは一般人の生活や人間関係を丁寧に描いた「日常系」と言えるような作品が目につく。

たとえば、

・現代版サザエさんと言えるような「俺の話は長い」
→東京の下町の家族の小さなエピソードが淡々と描写されていく。30分二部構成というチャレンジが面白い。

・「まだ結婚できない男」
→キャラの立った独身建築家・阿部寛を取り巻く人間模様を描く。

・「G線上のあなたと私」
→大人の音楽教室で出会った3人と、それを取り巻く人々のストーリーを描く。

話題になったNHKの「少年寅次郎」も、昭和初期の柴又の人間模様を描いていて、この日常系に含めてもいいかもしれない。

これらの日常系は淡々とした人間模様を描いていくので、視聴率的には初期値の比重が高くなる。逆にいうと、ヒットの要素であるバズや中押しが伴うと、これらの日常系も、大きく数字を伸ばすチャンスが訪れる。

それを実践しているのが、「同期のサクラ」だ。
 

図2「高畑充希Twitterトレンド(性年代別)」
 

図2は図1の性年代別内訳を表している。

同期のサクラに主演の高畑充希の初期のバズ層は男女ほぼ均等でそれぞれ20代と30代が多かった。女優・高畑充希のファン層と重なる、まさに初期固有層である。これらの初期視聴層を中心にネットで話題が喚起された結果やってきたのが30代、40代の女性層である。グラフ後半に大きく伸びているのがこの層だ。これは共演の橋本愛、相武紗季の効果が大きい。

ドラマをご覧になっている方はお分かりだが(ご覧になっていない方にはネタバレになるが)、「同期のサクラ」には強烈なゲームチェンジャーが仕掛けられていた。それがこの橋本愛と相武紗季だ。

サクラと同期役の他の男性陣もゲームチェンジャーなのだが、爆発度で上回るのはやはり現代男性社会に対するアンチテーゼをわかりやすく体現して見せられる女性たちだろう。

田舎から出てきて憧れの大手建設会社に就職したサクラ(高畑充希)の唯一の心の支えはただ一人の肉親である田舎の「じっちゃん」だ。会社で様々なストレスにさらされたサクラがすがるのがこのじっちゃんとのFAXでの手紙のやり取りである。大切にしたい同期の橋本愛がサクラに辛辣な捨て台詞を残して会社を去ろうとするとき、じっちゃんから送られてきたFAXには、「その友達とは絶対に分かれるな、本音を言ってくれるのはお前の生涯の友達だ」。生まれ育った田舎の方言まるだしで「本当にそれがあなたにとって最良の選択なのか」と橋本を問い詰めるサクラ。寿退社のその日、まさに会社を出ていこうとする橋本の足がサクラのその言葉で止まり、挿入歌の森山直太朗「さくら(二〇一九)」が流れ始める。もう反則である。

普通なら寿退社で橋本を送り出し、彼女がいなくなった日常で悶々としたものを抱えながらもこれが現実なのだ明日も頑張ろうとしみじみして終わるのが日常系ドラマの王道だ。だが、そんなションベン臭い定石を本音で強烈にぶち壊していくのがこのドラマの魅力だ。それに揺さぶられた視聴者が感動のツイートをネットに解き放つ。そしてそれに引き寄せられた新たな視聴者によってさらに感動の輪が広がり視聴者が次々に増えていく。まさに、中押しゲームチェンジャーをキッカケとした後半盛り上げ型のバズドラマの典型である。こうやって同期のサクラは単なる日常系から抜け出してヒットドラマとなった。

サクラの場合、グラフでご覧いただいたように男性中心社会でストレスを抱えた女性層の支持が圧倒的だ。

あの人事部のエリート女性リーダーだった相武紗季までもがサクラの影響で本音で語り出し、社史編纂室という冗談のような左遷の典型部署に島流しになっても健気にサクラを支え続ける。それはそのままこのドラマの開拓した新たな視聴者層の姿なのだろう。

オトナになれよと会社の男性幹部たちから諭されるサクラに、じっちゃんは死の直前こう答える、

「オトナになんかならんでいい」

そしてサクラは大人になることを拒否し、信頼する故郷のみんなの前で素直に会社がやろうとしている手抜き工事を告発し、社会人としての死を迎えてしまう。

切なすぎる。

唯一の肉親であり人生の師であったじいちゃんの死、都会に一人出てきたサクラとじいちゃんをつなぐFAX、死んでしまったじいちゃんに思わず手紙をFAXするサクラ、でもいくら待ってももうFAXが応答することはない、ドラマで毎回サクラを救ってきてくれたFAXは、いくら待っても動いてくれないのだ。

動かないFAXをただ見つめるしかないサクラのなんと切なく、悲しいことか。

あの時間が永遠に止まってしまったかのような瞬間は、今期ドラマ最高の名場面だと思う。誰もがサクラに感情移入してしまった瞬間だ。

これである。このシーンを描けたことが、このドラマに携わる全てのスタッフの勝利だろう。

本音でしか突き進むことのできないあまりにも不器用なサクラというテレビの中の「絶対ヒロイン」が、現実社会の矛盾とそれに日々打ちのめされる私たちの悩みを全て背負い、オトナになれよと誘惑してくる現実の日常という戦いの中でそれと正面から立ち向かってくれるのである。

そこに圧倒的な共感が生まれる、そしてその感動を伝えるバズがまだ見ていない人々をこのドラマに引き込んでいくのである。

 

「グランメゾン東京」は日常系?

図3「木村拓哉Twitterトレンド」
 

図3は図1の高畑充希の図を木村拓哉で出してみたものだ。

高畑クラスの女優の場合、週平均Tweetは二千件前後になるが、木村拓哉の場合はそれよりもさらに一桁多くなる。これは木村が今もアイドル枠のタレントである証だ。このベースバズレベルの高さが、木村を起用した場合の高い初期値の期待値になる。

実際「グランメゾン東京」は視聴率二桁発進をして、今期の他のドラマとの格の違いを見せつけた。

その後の視聴トレンドはこの初期値の維持といった傾向で、「先行逃げ切り型」のパターンとなっている。現状の数値のままの逃げ切りが制作陣の満足になるのかどうかはわからないが、仮に今期ナンバーワンである「ドクターX」を脅かそう、とした場合はこのまま維持を図っているだけではもしかするとダメかもしれない。

図3を見ると「同期のサクラ」と違い、ドラマ放映期中での木村のTweetアカウント数は増えていない。木村の初期値に頼ったまま、そこから視聴層を拡大することなく維持しているのが現状だ。ここから上昇傾向を掴むには、新たな視聴者を誘引するなんらかの中押しが必要だろう。

ドラマを見ると、木村というヒーローをキャスティングしている割には、グランメゾンの面々は今はやりの集団オペラ型群像ドラマを演じていて、サクラのように木村のヒーローパワーを際立たせていない。それどころか劇中の木村は控えめで、サクラのように最後は絶対ヒロイン高畑ががつんと全部持っていく水戸黄門型のカタルシスがない。

それはサザエさん化したグランメゾンだ。そう、ドラマ・グランメゾン東京は日常系なのである。

これでは木村の魅力は現状のように初期値でしか享受できないだろう。

木村を使った新たな天才シェフのヒーロー像が描けていないのだ。

例えば仮にであるがドクターX型に移行するのであれば、一つの考え方はタイトルだ。

グランメゾンではなく、天才シェフ・尾花直樹の挑戦、これである。

もちろんこれはあくまで考え方なのだが、最後は天才キムタクが全部持っていくんだよ、とスタンスを決めてしまえばいい。

たとえば世のグルメ評価の格付けの矛盾点まで暴き出して、

「お前らリサーチャーごときに食わせるメニューはねえよ」

と天才キムタクが見栄を張るのである。

カタルシスだ、それも圧倒的なカタルシス。

見るものの脳内にドーパミンを溢れさせる圧倒的な勝利。

君は料理業界というものをわかってないねぇとオトナから諭されそうだが、そんなものはクソ喰らえだ。そう、それはあの現実社会に対する爽快なテレビ的カウンターであった「倍返しだ!!」と同じものだ。

三年A組で鼻水を飛ばしながら生きろ!とゲキを送った菅田将暉。

あなたの番ですで泡立て器を振りかざしながら白眼を剥いていた木村多江。

圧倒的な演技にもうネットは大騒ぎ〜、これである。これがヒットドラマの力だ。

慌ててミシュランは三つ星を献上するのだが、そんなものは鼻で笑ってグランメゾンを去るキムタク、そのぐらいの突き抜け感が欲しい。

それがゲームチェンジャーであり非日常フラグだ。

彼は何物にも媚びないシェフという専門ライセンスだけでグルメ業界を渡り歩く一匹狼だ。人は彼を「天才シェフ・尾花直樹」と呼ぶ。これが欲しい。

家庭用のキッチンでみんなの賄い飯を作る天才シェフ木村拓哉のささやかな日常を視聴者は見たかったのだろうか、ということだ。

 

G線上の高畑と波瑠

図4「高畑充希と波瑠のTwitterトレンド比較」
 

図4は今期の高畑と、同じく今期のドラマ「G線上のあなたと私」に主演する波瑠のTwitter比較だ。

実力の拮抗した人気女優同士だけあって、初期値はほとんど同じで、ドラマ放映前はむしろ波瑠が高畑を上回っていた。

ドラマ放映直後もトレンドはほとんど拮抗していて、差がつきだしたのは「同期のサクラ」で先にご紹介したゲームチェンジャーが炸裂してからだ。言い換えると、波瑠の「G線上のあなたと私」にも非日常フラグが立てば一気にブレークするチャンスがある、ということだ。

この二人はNHKの朝ドラ出身という共通点があり、高畑は「とと姉ちゃん」、波瑠は「あさが来た」と、それぞれヒロインの名前を冠にした作品で主演を務めている。

そう、二人とも朝の国民的絶対ヒロインであったわけだ。

今期好調の「サクラ」は、前作「過保護のカホコ」のスタッフが再結集して作られたもので、これら全てで高畑は絶対ヒロインを演じているわけである。

対する波瑠の「G線上」も同じいくえみ綾原作のドラマ「あなたのことはそれほど」のスタッフが再結集した作品だ。ここも似ている。

ただし高畑の場合は高畑の個性を拡大してオリジナルに作ったカホコやサクラといったエッジのたったキャラによる作品であるのに対して、波瑠は既にある原作から役を与えられてそれを演じている。ここに大きな違いがある。

高畑の作品は、高畑が最初から絶対ヒロインとして振る舞いやすい設定であり、実際高畑もその期待に応えて非日常的な個性を持ったヒロインを伸び伸びと演じている。これが高畑ドラマの面白さだろう。

対する波瑠も、前作「あなたのことはそれほど」では自身の中性的で透明感のある印象を最大限に利用して恋する気持ちに純粋な呆れるほどにアホなゲス不倫女を見事に演じ、夫役の東出昌大の不倫妻に身悶える渾身の怪演も重なって最終回14.8%を記録する大ヒットを飛ばした。演じた波瑠自身に真面目な視聴者からモラルを諭すようなコメントが寄せられるほどの大反響を巻き起こし、非日常フラグを見事に炸裂させたのである。

今期の「G線上」はまだ波瑠のそんなパワーを秘めたまま、むしろ爆発前の焦らしに徹しているようなオトナで常識的な態度で「恋愛よりも人間愛」を優先させて日常系の穏やかな世界を必死に守ろうとしている。

日常と非日常を分ける「G線」の上で、自分の正直な気持ちを抑えて必死に理性を保とうとしている波瑠演じる主人公の姿は、今期の日常系の様々なドラマと、そんな日常から解き放たれた前作「あなたのことはそれほど」やサクラやドクターXの間にあって、視聴率的に一歩踏み出すのかどうかをためらっているようなもどかしさを感じてしまう。

そのもどかしさがドラマ「G線上」のウリなのだろうし、たしかに日常系ドラマには、ずっと見ていたいと思わせる心地よさがある。その世界を失いたくない、守りたい。いつまでも続いて欲しいという想いを抱かせる。それは、先に述べた初期値の維持だ。初回に提示されたドラマの世界観が素敵で、それを続けて欲しいという願いだ。そのためには初期設定を壊すような非日常性は排除したい。ここにG線で隔てられた日常系と非日常系のドラマの違いが生まれてくる。

わかりやすいカタルシスを安易に得るのではなく、その手前のもどかしさをとことん楽しむ、最新話での波瑠のモノローグのように「G線上」の神様はドSだ。

ただし今期の日常系ドラマはどれも視聴率的には一桁台の後半で終始している。仮に二桁を求めるのであれば、この日常の心地よさの外にいる視聴者を連れてこなくてはいけないのかもしれない。そうなるとそれはこの日常の心地よさを壊すことにもつながる。ここが制作陣の悩みどころなのだろう。

さて、来期はいよいよあの絶対ヒーロー「半沢直樹」が帰ってくる。

半沢は果たしてあの倍返しキャラのままなのか、それともオトナの世界で心地よい日常を見つけてしまったのか、気になるところだ。

半沢はG線のどちら側で来るのか?

この項でお話しさせていただいたドラマ論も、あくまで現状から得られる示唆に過ぎない。役者の創造性は無限であるだろうし、演出や制作スタッフの努力も私たちの想定をはるかに超えたものがこれからも出てくるだろう。

令和という新時代に、新しい半沢がどのようなドラマを見せてくれるのか、今から楽しみでならない。


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