【TV Rank Fintech 考察】第5回「タレントは株価を上げるか?」

エム・データが提供する最新のクラウド型データサービス「TV Rank FINTECH」を使ってテレビと株価の関係をご紹介するシリーズの5回目は、TV-CMのクリエイティブと企業の株価の関係、特にTV-CMタレントの新しい役割と企業の株価に与える影響についてだ。

これまでの記事で、株価の高騰に先行してテレビ指数(TV番組とTV-CMでの企業銘柄の露出)が上昇していくメカニズムについてご紹介してきた。株価に影響を与えるような株式銘柄の話題や情報の発生に、TVメディアは株式が高騰するよりも前に反応をして情報そのものを拡散する役割を果たしていく。インサイダーでもない限りメディアの一次情報が株式市場での注文の拡大よりも前に動きを見せるのは自明であり、株価に影響を与えるような情報の拡大パターンを過去の事例から学習することでテレビ指数の特徴的な動向からシグナルを検出することも可能となる。


もちろん、これは各銘柄のTV-CM露出と番組露出の量的データの変動から株価の動きを見て得られるテクニカルな知見に過ぎない。当然、量的な変化は同じでも、その情報内容や銘柄を取り巻く環境、つまり質的な条件が異なれば株価に与える影響の度合いも変わってくる。定量的なシグナルはあくまで確率論的にテクニカルなトリガー発生条件を示しているに過ぎず、そのトリガーの結果生じる株価に対するインパクトの度合いは、その情報の内容や質といった定性的な評価も加わって最終的なアクションが調整されていくことになる。たとえば情報の新規性が高ければ市場にサプライズをもたらすだろうし、内容の好意度が高ければポジティブの度合いが増えるだろうし、すでに折り込み済みの内容であれば弱い反応かホールド、あるいは失望を招くかもしれないし、情報そのものがネガティブなら売りにつながる場合もあるだろう。


つまり、TVデータの定量的な変化からはそのパターンに応じて株価が反応するであろうトリガーが算出できるが、その結果生じる個々のインパクトの度合いを深く知るには情報内容そのものの定性的なセンチメント評価が必要で、これによりトータルの精度をさらに上げることが可能になる。特に過去の定量分析で得られたシグナルの負けパターンには、定性評価での補正が必要となる具体的なヒントが多く含まれている。具体的には先にあげた情報の新規性がないケース、すでに折り込み済みであるケース、情報そのものがネガティブであるといった売買行動に直接影響を与える各種のパターンだ。
このようにテレビ指数の量的変化による分析から得られるシグナル検出に加えて、その銘柄がTV番組やTV-CMでどのように紹介されその評価はどうであるのかといった定性的なコンテクスト評価を加味することで、株価に対する影響分析の精度を上げることが可能となる。


では、TVメタデータに含まれているCM内容や番組内容といったメタ情報を使って、これまでご紹介してきた定量的なインデックスであるテレビ指数の変化にこれらの定性的なメタ情報を盛り込むとどのようなことが見えてくるのかご紹介していこう。



図1)TV Rank FINTECH | 2502 アサヒグループホールディングス TV-CMトレンド – ブランド、タレント、商品別




図1は、前回まで見てきたアサヒグループHDのTVトレンド拡大期の前半、23年の1月後半から4月前半にかけての同社の主要TV-CMのブランド別、タレント別、商品別のデータだ。ここでご紹介している図は同社のCM全体ではなく主要ブランドの抜粋となっている。数値はそれぞれのCMの週あたりのCM指数を示している。CM素材によってはこのレベルでもすでにCM指数が1.0、つまり東証上場銘柄全体の平均値である指数1.0を超えている素材が複数存在することにお気づきいただけるであろうか。これがメジャー銘柄のCM投入パワーだ。主要CMの素材単体で、上場銘柄の平均値を楽に超えてしまうのである。これがどのくらいの力を持つのか、ご想像いただけるだろうか。


TVメタデータにはここでご紹介したブランド別、タレント別、商品別のデータ以外にも、TV-CMのスーパーの文字情報やナレーションの音声情報、BGMの楽曲情報、クリエイティブ内容なども網羅的に記録されており、その時期にどのようなCMが放映されたかの定性面での深掘りがさまざまな形で可能となっている。それは番組露出データのメタ情報も同様だ。このようにTVメタデータには定性分析のメタ情報が豊富に存在しているので、今回ご紹介している「TV Rank FINTECH」を使えば、このタレント軸以外にもさまざまなコンテクスト分析が可能となる。

図1に戻ろう。今回はアサヒグループHDのTV-CMメタ情報の中からタレントに注目している。CMタレントの選定には各企業のマーケティング戦略が反映され、タレント契約料など発生する予算の大きさやその配分に関わる意思決定から、企業の経営判断がどの事業にどのくらいのウエイトを置いているのかなど検証材料として魅力的な情報が多い。


銘柄分析という観点からこの図をご覧いただくと、いくつかの点にお気づきいただけるのではないだろうか。たとえば、一つのブランドに複数のタレントが起用されている点、起用方法も商品ごとに細かく選定されている点、主要ブランドではシーズンの切り替え時期と思われるタイミングでタレントが追加されたり、変更されたりしている点などなど。


図でご紹介した1〜2月から3〜4月にかけての期間は飲料メーカーにとっては大きなシーズンの変わり目であり、それに伴うマーケティング施策、営業施策、注力商品の変更、刷新があるのは当然である。CMタレントやそれに伴うCMクリエイティブもまたこれらの刷新期に合わせて変更されていくのも、マーケティング刺激策として一般的なものだ。

だがこのアサヒのケースで面白いのは、同じタレントを複数の異なるブランドで使っているところだ。たとえばシーズンの刷新期に伴うCMタレントの変更なら、それまで契約していたタレントには退場いただき新たなタレントが起用されてリフレッシュ策がとられることが多い。ところが、アサヒはシーズン満了で交代したタレントを別のブランドに起用したり、同じタレントをカテゴリー違いの別ブランドに登場させたりしている。たとえば、新垣結衣はアサヒ生ビール(マルエフ)と十六茶に、長澤まさみはアサヒザリッチとカルピスと届く強さの乳酸菌に、菅田将暉はドライゼロとウィルキンソンといったように、別カテゴリーの別商品にタレントによっては全く同じ時期に起用されているのだ。


これはどういうことだろう。多分保守的な宣伝部であれば、タレントの同時起用は避ける、というかそれはタブーであるはずだ。複数ブランドへの同時起用はタレントやブランドのキャラクターをぼやけさせ、投資効果を毀損すると考えるからだ。ブランドアイデンティティを高めるためにタレントをCMに起用しているのに、これでは台無しであると。しかしアサヒのマーケティングは全く別の尺度でタレントを同時起用している。それはたぶん、アサヒのCMではタレントがブランドとイコールなのではなく、ブランドにはぶれない軸がありタレントの役割はブランドにキャラクターを預けることではないのだという強い意志なのだろう。

それはどういうことなのか。ここで、これまでのTV-CMタレントの起用方法について振り返ってみよう。議論をシンプルにするために、起用されるタレントの数と起用するブランドの数でCMタレント起用方法を整理してみた。




CMタレント起用方法

「1対1:エンゲージメント型」
タレント一人に対してブランドが一つ、伝統的なCMタレントの起用方法。
一人の有名俳優や有名タレントのパーソナリティにブランドを丸ごと代表してもらおうという考え方。ここでは「タレントの周知のキャラクター>ブランドの既存アセット」という関係が前提にあり、タレントがすでに持つ魅力をブランドに移植してもらうために契約料が発生しているように見える。

「他対1:グループ型」
1対1が基本だったタレント広告をパワーアップする手法として登場した。消費者の多様化、細分化に合わせて複数のタレントを起用することで複数のターゲットオーディエンスに同時に訴求したいという考え方に基づいている。代表例はJRAやソフトバンクの白戸家シリーズ。

「他対1:ドミナント型」
同じ他対一だが、複数のタレントをあえて同一属性にすることでフォーカスを極限にまで高めたいというパワープレイ型の起用方法だ。代表例はイケメン若手俳優を複数起用した花王アタックZERO。

「1対他、他対他:マルチロール型」
アサヒグループHDの例でご紹介した、一人のタレントが複数のブランドに起用される新しい方法だ。複数のタレントを一つのブランドに集中起用するこれまでのやり方と異なり、マルチロールで複数ブランドに対応できるタレントを複数人同時に起用することで、商品やブランドごとのレイヤーではなく、アサヒというコーポレートレイヤーで総体のブランド管理をすることが可能になる。




これらのタレント起用方法の違いを念頭に置いて改めてアサヒグループHDのCMを見てみると、単なる定量面でのTV指数の集中、上昇を超えた同社の深い戦略が浮かび上がってくる。



次回はこのテーマをさらに詳しく、マルチロール型のタレントを使ったCMクリエイティブのディテールと株価が上昇していく仕掛けについてお話しする。






つづく




シリーズ連載「TV Rank FINTECH 考察」

  第1回 「テレビデータで株価を見る」
  第2回 「テレビ指数が上昇すると株価も上がる?」
  第3回  「TV-CMは株価を上げるか?」
  第4回 「テレビ指数に株価が反応する条件とは?」
  第5回 「タレントは株価を上げるか?」
  第6回 「CMクリエイティブで株価を上げる方法」
  第7回 「テレビトレンドと株価の関係」


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